むらにーの論文集

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1-1.民主主義とは何か(概論)

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 さかのぼること一カ月、上記の発言をした。

この発言の真意と言えば、

  1. 民主主義そのものに対する不信感
  2. 政治が民主的であるべきだとする主張

に対する反駁のつもりだった。

そもそもこの二つの見解はいずれも同一の原因に起因するものだと私は仮定する。それはすなわち、今日の学校教育の成果だ。

このところ、フランス革命、人権宣言ばかりが特徴的に扱われ、アメリカ独立革命(戦争)の教科書で割かれているページが少ない。

フランス革命から連想するのはジャン=ジャック=ルソーで、彼こそがこの問題の黒幕と呼べる。(彼の業績を非難するわけではないと注意しておく)

 さて、話を戻そう。

そもそも政治思想史の起源とはギリシアに由来し、その原因はペロポネソス戦争にある。アテナイがなぜ負けたのかを議論するところから始まったと言ってよい(それ以前から政治はもちろんあったが)。

この時代の都市国家(ポリス)が直接民主制であったことは諸君らもご存じのはずだ。ここで真っ先に敗因として挙げられたのは、過度な民主政治だ。

以降、近代近くまでは民主政/制(=デモクラティア)は最悪の政治体制と呼ばれることになる。これが反転することになるのはルソー、フランス革命期だが。

残念ながら、この2000年代で民主主義は衆愚政治に陥るからという理由で民主主義を愚弄するのはギリシアの人間とまったく変わらない。君は成長していないのか?え、服は着ていないのか?

そこで優秀な人間は王政でもなくまた民主政でもないシステムを作り出した。いわゆる混合政体論だ。

混合政体論自体、アリストテレスに始まり帝政ローマ期に続きアメリカ独立革命まで生存している。

われわれが普段使っている、民主主義(という名前の混合政体)が現在の形として完成するのはアメリカ独立革命期のフェデラリスト・ペーパーによる。

アメリカは自由を確保するために君主制を取り入れずに、ここで最悪の政治体制と愚弄されていたデモクラシーを採用することにした。

その狙いは、派閥の利害をなくすことにある。一部の市民が団結して私的利益によって政治を歪める行為をなくすために、多数派を形成しなければ支配できない仕組みとして採用された。

さらに多数派形成を難しくするために、半数以上の選挙区で過半数を取らなければ多数派になれない代表制をここで取り入れる。

衆愚政治の防波堤として代表制が盛り込まれるのだ。

 

 今日、我々が民主主義と呼ぶ混合政体は複雑なシステムだ。その歴史的背景を抜きにして、安易に民主的とか衆愚政などと語るのは早計である。

それがあの発言の意図で民主主義をもう一度よく見直してもらいたい。それが再帰的近代化論者としての私個人の狙いである。